「上島竜兵」の死に際とは?晩年や最期(死因)など分かりやすく解釈

「聞いてないよ~」唐突すぎた死。

この記事では「上島竜兵」の晩年と最期について解説していきます。

「上島竜兵」とは?簡単に説明

「ダチョウ倶楽部」のメンバーであり、ボケ、オチの担当。

またリアクション芸人の代表格&元祖的存在。

80年代の『スーパージョッキー』『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』と言った事務所の先輩である「ビートたけし」の冠番組で頭角を現しました。

2000年代に入るとトリオでの活動を続けながらも、ピンでの活躍も目立ちはじめます。

特に「志村けん」とは師匠と仰ぎ、仕事だけでなくプライベートでも番頭格として働いています。

後輩の面倒見も良いことで知られ、主宰する「竜平会」はその象徴とも言えるでしょう。

「上島竜兵」の晩年

公私において関係が深く、師匠として敬愛していた「志村けん」氏を2020年4月にコロナ禍において失います。

国民的スターの突然の死は日本中に衝撃を与えましたが、側にいた彼にとってはより衝撃的な事案となりました。

例年1~2カ月出演していた舞台『志村魂』は中止となるなど仕事にも影響が出ています。

その一方でテレビドラマの出演も増えており、22年は上期だけでレギュラーとして二作に出演しています。

「上島竜兵」の死に様

2022年5月10日23時45分に119番通報が妻の「広川ひかる」がされています。

自宅で夫が首を吊っているというものでした。

緊急搬送及び蘇生処置が取られますが、病院で死亡が確認されています。

死亡日は日付を越えた5月11日、61歳没。

「上島竜兵」の死に様の信憑性

死亡が報道された翌々日のスポーツ紙では表・裏1面のトップニュースとして扱っている社が多く、亡くなった経緯に関しての信憑性は高いと言えます。

遺書は見つかっていないため、自殺の理由に関しては不明。

4月中旬に「元気がなくて心配した」という声もあれば、亡くなる数日前に「少し怖さを覚えるほど元気だった」声もあり、また近所の人は普段通りだった事を明かしているため、様子から判断するのは難しいと言えるでしょう。

自殺した理由で多く挙げられるのが、志村氏を亡くした時の焦燥感から判断した突発的な後追い。

またコントをできる場が減っているのに加え、コロナ禍による密や社会背景、コンプライアンスで自分の芸風が発揮できなくなり悩んでいたという説も挙げられます。

その他には糖尿病が悪化し体調が良くなかった、優しく繊細な性格だったゆえに悩むと歯止めが効かなかったとも言われています。

これらは全て推測で後付けになるため、真実は当人にしかわからないとも言えるでしょう。

まとめ

「上島竜兵」は2022年5月10日の夜に自宅で首吊り自殺を図りました。

第一発見者は妻の「広川ひかる」で23時45分頃に119番通報がされています。

緊急搬送、蘇生処置が取られますが、日付の変わった午前1時に病院で死亡が確認されました。

61歳没。

死因は不明ですが縊死と言っていいでしょう。

自殺の理由は幾つか挙げられますが、遺書が見つかっていないため、全てが推測の範疇でしかありません。

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