あややの物真似芸からマルチタレントへ華麗な転身に成功も。
この記事では前田健の晩年と最期について迫ります。
「前田健」とは?簡単に説明
2000年前後から始まった“あやや”こと松浦亜弥のギガブレイクに乗っかり、彼女の物真似をした芸能人のなかでもはるな愛と並んで成功したのが前田健だと言っていいでしょう。
本人とのコラボレーションも相まって一気に世間に認知されるようになりました。
もともとは芸の本場ニューヨークで修行を積んだ確かな足場があり、活躍の場を拡げていきます。
松浦亜弥が活動を縮小して以降は声優や振付師、そして俳優業にも挑戦。
その一方でおねえキャラではありましたが、2005年にはゲイであることをカミングアウトし話題になっています。
「前田健」の晩年
あややの物真似芸人から脱却、活動分野を多々拡げるとともに小説家、映画監督として活躍しています。
2011年に公開された「それでも花は咲いていく」は初映画監督作品であり、処女小説でもありました。
俳優としては「警視庁南平班?七人の刑事」の富井健次刑事役や「東京駅お忘れ物預り所」など二時間ドラマのバイプレイヤーとして活躍。
しかし活躍の場を拡げてもお笑い路線キャラを捨てた訳ではなく、各種バラエティー番組ではブレイクした当時のおねえキャラを披露し、茶の間を賑わせていました。
「前田健」の死に様
その死は唐突で2016年4月24日に起こっています。
ツイッターで本日の夕食を写真で呟いて完食、退店した直後のことでした。
店から出て百メートルほど離れた場所で嘔吐、そのまま倒れ込んでしまいます。
たまたま通りかかった医大生二人が心臓マッサージを施しましたが、意識消失状態で病院へ緊急搬送。
翌日一旦は蘇生、心臓が動きだしたものの、26日午前1時36分に力尽きてしまいます。
44歳のことでした。
「前田健」の死に様の信憑性
当時のワイドショーでは倒れた直前の店舗からの足取りを辿っており、数日間ニュースとして取り上げられています。
そのなかで彼が単なる突然死ではなく、不整脈の持病を患っていたことも明らかになりました。
特に死亡当日「ロンドンハーツ」でおねえキャラの運動会に出演。
それもあり同局の「スーパーモーニング」ではより詳細にロケ当時の彼の様子が報道されています。
それによればロケ中にも体調不良があり、待機している医師に診療を受けており、当日も調子が良くなかったことが伺い知れるでしょう。
また不整脈に悩まされていたため、来月には手術を予定していた矢先のトラブルだったことも明らかにされました。
まとめ
前田健は2016年4月26日、午前1時36分に死亡しています。
享年45。
死因は虚血性心不全ですが、元来不整脈の持病を抱えており、悪化の一途を辿っていました。
5月には不整脈の手術をする予定だったのが、悔やまれるところだと言えるでしょう。